幕張の風

So-netブログ「From Makuhari~幕張の風」から移転しました。 仕事のこと、ニュースのこと、音楽のこと、野球はMarinesと高校野球中心に書きとどめたいことを書いて行こうと思います。

納得。

お盆前のことですが、明番の朝に妻が「ミキサー使いたい」というので、準備しておりましたところ、明番と言うこともあってうっかり先にコンセントをつないだまま、歯の部分を本体に取り付けてしまいました。
すると当然のように歯が回転して、私は右手人差し指を6針縫う怪我をしてしまいました。

当然、いつもであればコンセントもつながず、電源スイッチも入れずにやることなのですが、明番で予定ぎっちりの私は何か頭がボーっとしていたんでしょうね。コンセントを先にさしてしまうという失態を演じてしまいました。

でも、ミキサーであれば安全装置がついているはずです。私が使用しているのはハリオのEBL-750という製品(OEMで製造元はフカイ工業です)ですが、安全装置はあるものの、歯が取り付けられているボトルホルダーを取り付けない場合だけ働くところにセンサーがあり、肝心のボトル取り付けする・しないについてはまったく感知しないのです。

他社製品がどうなっているか気になって調べましたが、

普及価格帯のテスコムのTM-8200という製品でも、センサーはボトル取り付けに対して働くようになっております。
http://www.tescom-japan.co.jp/support/manual/pdf/kitchen/TM8200.pdf

家電最大手、パナソニックの製品では、MX-X301ですとボトルそのものにのみセンサーが反応するように取り付けられています。
http://panasonic.jp/p-db/contents/manualdl/1428195521947.pdf

歯がむき出しの状態で、安全装置が作動しないというのは、やはりどう考えても納得出来ません。
私以外にも、同じような怪我をした方もいらっしゃるのではないでしょうか?

ハリオのホームページには、問い合わせは電話のみでしたので、公式Facebookページからビジターで問い合わせを行いました。

見解を確認させていただきたいと思います。これでは、右手人差し指がおそらく今後以前のように動くことがない以上、納得することが出来ません。

もし、ミキサーご購入を検討し、機種を選ぶ時にはご参考までに。

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星が降る前に。

2016年7月7日更新:
私のYouTubeアカウントが、他の動画のアップロードについてJASRACとの交渉決裂により凍結されたため、旧ファイルがすべて閲覧不可になってしまいました。
私にとってとても大切だった八田さんとのやりとりまで・・・。


当初のエントリーアップ時に、まさかご本人から私のアップしたYou Tubeへコメントいただけるとは思わず、それを見たときにはパソコンの前で固まってしまいました。

残念ながら今は前記のような理由で見ることは出来ませんが、そのYou Tubeのコメントをご覧になり、ブログをアップなさった方もいらっしゃいました。

ストリート・ロックの時代:八田雅弘



しばらく、復活させる(法的手段へ訴える)余裕もないため、新しい動画を作成してアップしました。それに合わせてブログエントリーとリンクを修正しました。

 いくつになっても、いつになっても、やっぱりこの曲は、私の原点です。
(最初のエントリーは2009年2月)


星が降る前に 八田雅弘


 

八田雅弘というミュージシャンを、ご存知の方はいらっしゃるでしょうか?

 

佐賀県出身、“SKY”というグループの解散後、北沢英三から八田雅弘に改名しソロデビューしたミュージシャンです。

シンガーとしてはあまりパッとしたセールスはありませんでしたが、おニャン子(これも懐かしい響きですが)の高井麻巳子さんや、世良公則さんなど、コンポーザーとしての活動が多かったイメージがあります。その中で私が印象的だったのはフジテレビ系の“夢で逢えたら”という深夜枠の番組の最後のほうで発表された、「フォーエバーフレンズ」という曲です。

ただ現在はまったく音楽活動はされていないようで、ネット上でも殆ど情報が存在しません。(追記:2009年当時で現在はGoogle検索でかなりの情報に接することが可能です)

 

“星が降る前に”は同名の曲がアルバムに収録されていますが(A面2曲目)、この曲の頭の詞は“俺は人の海を櫂も持たずに船をこぐ”という、このアルバムの前に発表したアルバムの名前と同じ歌詞で始まります。

 

このアルバム、当時私の心の琴線に触れてしまいまして、持っているレコードの中では一番良く聴いたのではないかと思います。

 

八田雅弘はロック・シンガーとして売り出してはいましたが、ギターのフレーズとかアレンジはどっちかというとフォーク系のように感じられました。メロディーやボーカルの声質から考えて、当時の私が聴いてもなんだかアレンジが良くないな、と感じたほどなのでセールス的にはさっぱりでした。でも、ボーカルに秘められた想いと歌詞のストレートさが、他のアーティストには感じられない魅力に思えて、ずーっとこのアルバムを録音したテープはクルマに載せていました。

 

一番の魅力は歌詞でした。

 

先述の“俺は人の海を櫂も持たずに船をこぐ”も、比喩的過ぎる表現で、あまり“歌詞”には似つかわしくない言葉の響きですけれど、このアルバムのタイトルチューンでもある“星が降る前に”という曲の歌詞は、当時家庭のトラブルや金銭的事情から大学を中退し、自らの進路に大きな迷いが生じていたこともあって、色々な意味で苦しみもがいていた気持ちを代わりに語ってくれているかのように思えて、尋常ではない感情移入をしてしまっておりました。

 

「星が降る前に」  作詞・作曲:八田雅弘

俺は人の海を 櫂も持たずに船をこぐ

悲しげでうす暗い 星が見つめてくれる街で

からみつく生活と 戦っているといつも

人生を降りた奴と 肩を並べそうになる

自分の星を信じながら 輝かせるすべも知らない

どこへ行くんだ俺のShip Light そして何を一人で待ってる

 

愛がすべての彼女 なぐさめ求めやってくる

みじめだぜ 抱き合いながら二人の明日を語るのは

投げやりな生き方を 選べなかった俺と

暮らしたがる彼女にも 心隠すわけがある

どこかで人を裏切りながら 傷つかないすべを探してる

何を求めて俺のShip Light そしてどこでさまよい待ってる

ああ星が降る前に たどりつきたい

ああ星が降る前に 俺を照らす答えに

 

たよりなくて風を 追いかけてしまった夜

傷口に手を当てれば もう殴り合いは終わってた

「淋しさの裏側をのぞいてろ」と誰かが 

教えてくれた日々は 遠く置き忘れて

心ヒリヒリ 痛めながら たどり着く朝の鈍さよ

くもり知らない頃のEye Light 今も胸に残っているか

ああ星が降る前に たどり着きたい

ああ星が降る前に 俺を照らす灯りに

ああいつも手の中に 握りしめたい

ああいつも手の中に 自分に負けない勇気を

星が降る前に 星が降る前に

 

 今も私の胸に、少しでも輝くEye Lightは、残っているでしょうか?

 

ちなみに当初のエントリーアップ時の直前に亡くなられた甲斐智枝美さんのご主人、長谷部徹さんがこのアルバムでドラムを叩いています。まったくの同世代だけに、皆さん現役を退いてしまっていることがちょっと寂しいですね。


 

星が降る前に

星が降る前に

 

 

 

初心。

更新が滞ってかなり経ちますが、現在はSo-netからの移行の最終仕上げで、ライブドアブログから画像とリンクの張替を行っています。でもこれがなかなかの作業量でして、ようやく半分終えたところ。なるべく早く片づけたいのですが、タクシーの仕事も相当ヘビーですので、終わりが見えません(泣)でも、そろそろ振り返りも始めなければ。 人生、いつまでも今まで通り続くとは限りませんから。

 私が消費者金融の現場で仕事をしていたのは、実はあまりありません。千葉の中堅消費者金融パブリックでも、メインは情報システムでしたし。

私はそもそも金融の仕事が大嫌いで、学生時代は「これだけはやりたくない仕事」の代表格が銀行をはじめとする金融業でした。 お金は汚いという先入観があったんですね。 そんな私を180度翻意させてくれたのが、千葉県貸金業協会で理事をなさっていた加瀬さん。 稲毛でクレセントリースという消費者金融を営む社長でした。

過去形なのは、既に亡くなってしまったからです。

加瀬さんに、私が在職中よく言われました。 「会社をあなたに引き継いで欲しい」と。

今の私なら、迷いなくお受け出来たでしょう。でも当時の私はまったく自信がなかった。 消費者金融を取り巻く環境が激変し、厳しいものになりましたけど、もし引き継いでいたら、まだ会社を存続出来たんじゃないかな?と思います。

 

思い出話は大概にして・・・

 

加瀬さんから、「あなたのこれまでの知識とその人柄は、この仕事にぴったりだ」そう、言われました。 正直、かなり悩みましたが、この言葉を信じて私は千葉県貸金業協会で、金融110番(多重債務者の返済相談や生活指導を無償で提供する業務)の主任担当者として勤務することとなったのが、消費者金融業界への入り口でした。

 

着任した1989年は、バブル前夜で消費者金融についての規制も、昭和58年度施行の改正貸金業規制法で上限金利が54.75%だった頃。 自己破産者も急激に増え、私の担当する「金融110番」相談電話への入電も、1日平均して100件を超える日が続きました。 もちろんほかにも貸金業の登録申請受付や県・大蔵省千葉財務事務所への登録申請業務などもありましたので、当時の私の仕事量はものすごいものでした。

 

土日は休みでしたが、朝9時から18時まではほぼ電話が鳴りっぱなし。その合間を縫って登録関連業務を行いましたので、過労で倒れ職場で救急車のお世話になったこともありました。

 

それでも、最初はあれほど嫌だった金融の仕事も、「誰もが汚いと嫌がる金融だけど、これで助かる人が何人もいる」事実を知って、これこそが天職だと、心から思うことが出来ました。

 

当時、私が債務整理で直接お会いし各業者との交渉を担当させていただいた方は、4年間で300人ほど。その中でも未だにお礼代わりに私宛に年賀状を下さる方も数名いらっしゃって、今の私の現状を考えると申し訳ない気持ちになることもあります。 本心を言うと、チャンスがあれば“庶民金融”を、私のこの手で復活させたいという思いは、未だに捨て切れていません。

 

政治の世界がどんなに汚いものであっても。

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めちゃくちゃ。

ご無沙汰しています。Facebookページの簡易な更新に流れて、ブログ放置が続いております。

しかし、これは放置出来ません。

環境省「除染廃棄物いっぱい出ちゃった!最終処分大変だから基準を80倍まで緩和して建築資材としてリサイクルするよ!」 | BUZZAP!(バザップ!)

 

東日本大震災での福島第一原子力発電所事故における、放射性廃棄物の処理の問題は、はっきり言って何も報道されていませんが、内情は処理しきれない大量の廃棄物をどうしよう・・・となっていることは容易に想像がつきます。
でも、これはないでしょう?

環境省が慌てて出した「100ベクレルと800ベクレルの違い」の説明文書が、いくら読んでも意味不明です。これ読んで納得出来たら、その人は自分の国語力を疑ったほうが良いかも知れませんというレベル。

https://www.env.go.jp/jishin/attach/waste_100-8000.pdf

 

これから新築されるマンションやビルには、もれなくこの放射性廃棄物がついてくる・・・と言っても過言ではないかも知れません。
だって、どれだけ大量の放射性廃棄物が出されたか、私たちには知る術がないですから。

 

 

FX

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誰が。

一番悪いのでしょうか?

深夜の、パトカーの追尾走行が元で、飲酒による無謀運転の事故が連続して発生しました。

しかもうち1件は、痛ましい死亡事故。

 

breaking-news.jp

 

 

news.tbs.co.jp

 

特に国道246号線用賀で発生した事故は、私も出番の日でその現場に、ほんの20分ほど前実車でお客様を降ろした場所でした。

もちろん、一番悪いのは飲酒運転で事故を引き起こした人間ではありますが、深夜ということも考えると、テールランプの球切れくらいで赤色灯灯して追尾運転する必要が、あったのでしょうか?

パトカーが追尾する前には通常マイクで警告しますから、その時点で「飲酒がばれる」と思えば逃げ出すでしょう。警告前にきちんと車種ナンバーを控えておけば、無理な追尾もせず後日「出頭命令」通知すれば事足りるはずです。
整備不良だけであればこれで良いはずなのです。

対象車両が逃げ出したことで、パトカーの担当警官は間違えなく飲酒運転だと判断したことでしょう。であれば無謀な逃走も予想は出来たはずです。

人の命を奪ってまで飲酒運転を検挙する必要があるのですか?

今の警察のやり方は、検挙最優先で事故の未然防止の観点が、完全に抜け落ちています。どうでも良いような矢印信号の見落としとか、黄色車線を跨いでの車線変更の取り締まりに血眼になるより、こんな事故で死んでしまう人を無くすことを、真剣に考えて欲しい。

それでなければ、浮かばれません。

FX

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力と憎しみと、本当の勇気。

いささか旧聞になりますが、フランス・パリで発生したテロ事件について、Facebookのプロフィール写真をフランス国旗に変更したりして追悼の意を表すことが流行ってしまいました。

それが悪いことだとは申しませんが、この問題に対する対処を、単なる「反テロリズム」だけで終わらせて良いのでしょうか?。

問題を、“西欧諸国に対する行き過ぎたイスラム原理主義者の実行する無差別破壊行為に対する、自由と平和を求める戦い”に、矮小化してしまうのは、何か政治的意図すら感じて個人的には強い違和感を覚えます。

 

日本やアメリカ、そしてフランス・イギリス・ドイツなど西欧の諸国では、テロとは無縁の平和を謳歌していますが、ヨルダンやシリアなど中東の政情不安地域では、日々を平穏に過ごすことなど無縁の日常で、幼児や女性も含めた普通の人々が生活しています。難民として国外に出られる人はまだ恵まれていると言えるほど、国内に残された人々の日常がどんなに危険に満ちたものであるかは、想像に難くありません。

 

こんな状況を招いているのは、彼らの中に原因がある訳ではなく、単に彼らの住む地が、原油という世界中の誰しもが欲しがるものが出るために、世界中の「欲望」の対象となっているからです。そしてこれまではアメリカの動きが露骨にえげつないものです。

 

今回の実行犯であるISISを生んだのは、アメリカの国際法を無視した一方的なイラク解体にあることは明白です。

アメリカはイラクに対して大量破壊兵器の保有という「因縁」をつけ、その有無を確認しても出てこないと(持っていないものは出てこないですから)「どこかに隠している」と国連承認もないまま有志連合という勝手連を作って武力でイラクを攻撃し、イラクの指導者であったフセイン大統領を殺害して実質的にイラクという国家を解体してしまいました。

とすると、この度のフランスの事件の責任の殆どはアメリカにあると言えるのではないでしょうか。

 

そのほかにもアメリカは、国境なき医師団の病院を、制止も無視して無差別に襲撃し20名以上の被害者を出したまま、正式な謝罪もしていません。この件に関して日本政府は公に国のコメントとしても批判を一切していませんし、報道も何も報じていません。日本政府は、いったい何に気を遣ってこのような報道規制を引いているのでしょうか?

 

力を力で抑え込むと、そこには憎しみしか生まれません。よく「軍備は抑止力だ」と主張なさる方がいらっしゃいますが、ご自分の身で考えたことはあるでしょうか?

自分は腕力にも負けている、お金もそれほどない。大切な何かを武器や暴力で奪われて、それが到底敵わないというだけで、その相手に対して「全面降伏」するでしょうか?

おそらく「ちくしょう、いつか仕返しをしてやる」・・・必ずそう考えるはずです。軍備を誇って相手を威圧しても、その相手は「いつか仕返しをする」という、無限の連鎖に陥ることは明白です。

 

幸いにしてイスラム圏の国々の方は、日本に対して好意的な方が多いです。欧米とイスラム圏との橋渡しができるのは、唯一日本という存在であるのに、アメリカという世界最大のテロ国家に尻尾を振って追従するような集団的自衛権など、日本人の首を絞めるだけです。

 

「世界の警察官」を一人で自認するアメリカは、属国日本を都合よいように利用するため、集団的自衛権の行使容認について現政権に早期に実現を要求し、愚かな安倍政権はそのままそれを実行に移してしまいました。でもそれはアメリカに都合の良いように利用されているだけ(第二次世界大戦の時も、日本の潜在的可能性を恐れたアメリカに資源供給を断たれ戦争へと誘導されたに過ぎません)です。

 

日本はもっと独自の平和路線を歩むべきだと、思います。核兵器廃絶はおろか、軍縮についての提案を世界的に主導し、国家間の対立を解消するようにリーダーシップをとることが出来たのは、世界で唯一の被爆国であり、侵略のための武力保持を禁じた憲法をもつ日本だけです。

 

こういうと「お花畑だ」とか「自分の国を自分で守るのは当然」などとお門違いの批判をなさる方がいらっしゃいますが、丸腰で挑む「対話」ほど、勇気の必要なことはありません。その度胸がないから、自分の手の中に銃を持ちたがるのです。

 

日本は、「本当の勇気」を、持つべきなのです。

 

FX

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そんなバナナ。

しばらく更新をサボっておいて、しょうもないダジャレから始まり申し訳ございません(笑)

私の世代では、子供の頃は大変貴重な存在だった「バナナ」。果物の王様として、病気で入院したり特別なことがないと食べられないようなものだったのも今は昔、果物の中では価格も比較的手ごろで、栄養価にも優れて今でも朝食として欠かさず食べてるよ・・・という方も、多くいらっしゃるものと思います。

しかし、そのバナナに、こんな危機が忍び寄っているとは・・・。

www.huffingtonpost.jp

 

いつも食べているバナナが、実は昔と違う品種だったなんて、知りませんでした!

バナナにも多数の品種があり、その中でもそのまま食用に出来てしかも栽培も難しくない品種というのは限られており、その限られた品種が特定の細菌のために絶滅してしまうという事実は、もっと多く知られて良いのではないでしょうか?

バナナも、食べる側からすれば無くなれば他を探せば良い・・・で済むでしょうけれど、生活の糧をバナナの栽培に頼っていたり、必要な栄養素の中心をバナナが担っているような国々では、バナナ栽培がなくなってしまう事態は、絶対に避けなければならないでしょう。

こういった事実も多くの人の共有意識とすることで、何か工夫が出来るかも知れません。人間の叡智に期待したいと思います。

FX

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