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幕張の風

So-netブログ「From Makuhari~幕張の風」から移転しました。 仕事のこと、ニュースのこと、音楽のこと、野球はMarinesと高校野球中心に書きとどめたいことを書いて行こうと思います。

なんだかなあ。

子育て・家族

昨日の新京成電車内で。

津田沼から、中学生ぐらいかな?と思える男の子4人組が乗って来ました。肩から、「N」の文字が入ってる、某○能研のカバンを背負って。よく見ると、そのカバンに「頑張れ!中学受験生!」なんて書いたお守りのようなものがついていましたから、うちの息子と同じ小学6年生でした。

4人組は乗車後も、戸口付近に陣取って、何やらふざけあっていました。どうもそのうちの一人にパンチを入れたり、叩いたりしながら。それも微妙なふざけあい方なんですね。もう少し大きな声を出したり、大きく動くようなら注意しようと見守っていたのですが、ちゃんと周囲を見渡しながら“問題にならない程度に”ふざけているんです。まるで寸止めです。一線を越えれば注意してやろうと手薬煉引いて待っていたのに。。。

4人は薬園台、北習志野、高根公団で一人づつ降りて行き、最後の一人も三咲で降りました。

ふざけあいも、なんだかイジメの香りがほのかにしてきていて、異様な雰囲気が漂っていたんんですけど、それよりももっと私が気になったのは、一人づつ別々に下りて行くのであれば、普通だったら「バイバイ」とか「じゃあね」とか、声を掛け合うじゃないですか。それがまったく無言で、一人、また一人と離れていくだけなんです。

それを見ていて私は、なんとも背筋が寒くなりました。お互いに挨拶が出来ない友達関係なんて、うわべだけで何の気持ちもこもっていない、子供の付き合いとは言えない関係でしょう?こんな友達関係で小学生・中学生と大きくなっていくとすると、大きくなってからの人格形成に大きく影を落とすような気がしたからです。とは言っても、小学校6年生でこの状態であれば、もうかなりのレベルで人格は出来上がっていますので、本質的な部分はもう変えようが無いかも知れませんが。

友達と別れる時に「バイバイ」とか「じゃあね」と言って別れるなんて、私たちが子供の頃は当たり前でした。その言葉の裏には、今日一緒に遊んでくれた友達への感謝の気持ちと、明日もまたね、というお願いと、きちんとした気持ちの通い合いがありました。それが無言で別れるというのは、相手への感謝もなく、また次の機会会ったとしても、それは自分が希望するからじゃなく、たまたま塾が一緒だから会ってるだけで、別に君と会わなくたってどうでも良いんだよ、って気持ちの裏返しでしょう。こんな別れの挨拶一つ取ってみても、子供にまで自分中心主義が蔓延しているようで、なんだか情けなくなってきました。

休日の夕方に塾帰りも良いですが、この子達のためには、もっと大切な他のものを教えてやる必要があるんじゃないかと思います。