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幕張の風

So-netブログ「From Makuhari~幕張の風」から移転しました。 仕事のこと、ニュースのこと、音楽のこと、野球はMarinesと高校野球中心に書きとどめたいことを書いて行こうと思います。

いま。

Poem
日本には優しさが足りない
みんな自分のことばかり主張したがる

日本には辛いことが足りない
みんな自分の権利ばかり口にしたがる

自分以外の人が、自分と同じ痛みを感じる事が分からない
自分のことばかり息継ぎもせずに話すから、脳みそに酸素が足りない

辛いこと
悲しいこと
たくさん噛み締めた心は優しくなれるはず

自分勝手の溢れてる日本には
みんな本当に辛いことが足りない

辛い 苦しいなんて言っても
その分人に意地悪をしたくなる人は
まだまだ苦しみが足らないのでしょう
自分で嫌と言うほど痛みを味わえば
それを人に与えることはもっと辛いでしょう?

だから日本には
意地悪が溢れている
自分勝手が溢れてる





いつも私は、会社へ行くときには、各駅停車で幕張から津田沼駅までふた駅乗車し、津田沼から快速電車に乗り換えて品川に向かっているのですが、津田沼駅で朝7時半頃に総武線快速電車に乗り込みますと、つり革を掴む位置に立つことすら困難です。

私はそれでも少しでも通路の中へ入って、ぎゅうぎゅう詰めの状態を避けているのですが、私がサラリーマンに成り立ての頃と違って、今はつり革を持った人の後ろに、二列並んで人が立つことが出来なくなりました。

座っている人が腰を引いて、自分の膝が立っている人の邪魔にならないように配慮する人も居なくなりましたし、つり革を持って立っている人も、後ろに立った人のスペースをなるべく確保するよう前に詰めて立つような配慮の出来る人も殆ど見かけなくなりました。

今朝は通路に入った私の前にサラリーマンが二人、くしくも二人とも日経新聞を立て折にしてつり革を持って読んでいます。
自分の読む新聞のスペースを確保する為に、前に座っている人のひざと、つり革の人の足の間には混雑した電車であれば人一人入れるほどのスペースが開いています。

それでもこの「日経新聞ツインズ」は、後ろがどんなに込んで来ても、自分の足の立ち位置を変えようとしないのです。

それどころか、後ろに押されて身体が触れた私に対して、敵意丸出しの視線を投げかけるのです。


「俺のスペースに入るなよ」


その瞳はまるでそう凄んでいるように、見えました。

そのあまりにきつい視線を見ると同時に、彼らが読んでいた日経新聞が、酷く心の貧しい方の読む新聞に見えて来ました。
昔は日経を読んでいると、それだけで「仕事の出来る」或いは「勉強熱心」というイメージがあったものです。
今では、他のメジャー新聞社同様、捏造記事と恣意の溢れるただの三流ゴシップ紙ですけどね。
(そもそも元消費者金融業者の私から見れば、日経と朝日は天敵ですから)

そんな出来事が、今日のこの詩を私に書かせてしまったのです。