幕張の風

So-netブログ「From Makuhari~幕張の風」から移転しました。 仕事のこと、ニュースのこと、音楽のこと、野球はMarinesと高校野球中心に書きとどめたいことを書いて行こうと思います。

力と憎しみと、本当の勇気。

いささか旧聞になりますが、フランス・パリで発生したテロ事件について、Facebookのプロフィール写真をフランス国旗に変更したりして追悼の意を表すことが流行ってしまいました。

それが悪いことだとは申しませんが、この問題に対する対処を、単なる「反テロリズム」だけで終わらせて良いのでしょうか?。

問題を、“西欧諸国に対する行き過ぎたイスラム原理主義者の実行する無差別破壊行為に対する、自由と平和を求める戦い”に、矮小化してしまうのは、何か政治的意図すら感じて個人的には強い違和感を覚えます。

 

日本やアメリカ、そしてフランス・イギリス・ドイツなど西欧の諸国では、テロとは無縁の平和を謳歌していますが、ヨルダンやシリアなど中東の政情不安地域では、日々を平穏に過ごすことなど無縁の日常で、幼児や女性も含めた普通の人々が生活しています。難民として国外に出られる人はまだ恵まれていると言えるほど、国内に残された人々の日常がどんなに危険に満ちたものであるかは、想像に難くありません。

 

こんな状況を招いているのは、彼らの中に原因がある訳ではなく、単に彼らの住む地が、原油という世界中の誰しもが欲しがるものが出るために、世界中の「欲望」の対象となっているからです。そしてこれまではアメリカの動きが露骨にえげつないものです。

 

今回の実行犯であるISISを生んだのは、アメリカの国際法を無視した一方的なイラク解体にあることは明白です。

アメリカはイラクに対して大量破壊兵器の保有という「因縁」をつけ、その有無を確認しても出てこないと(持っていないものは出てこないですから)「どこかに隠している」と国連承認もないまま有志連合という勝手連を作って武力でイラクを攻撃し、イラクの指導者であったフセイン大統領を殺害して実質的にイラクという国家を解体してしまいました。

とすると、この度のフランスの事件の責任の殆どはアメリカにあると言えるのではないでしょうか。

 

そのほかにもアメリカは、国境なき医師団の病院を、制止も無視して無差別に襲撃し20名以上の被害者を出したまま、正式な謝罪もしていません。この件に関して日本政府は公に国のコメントとしても批判を一切していませんし、報道も何も報じていません。日本政府は、いったい何に気を遣ってこのような報道規制を引いているのでしょうか?

 

力を力で抑え込むと、そこには憎しみしか生まれません。よく「軍備は抑止力だ」と主張なさる方がいらっしゃいますが、ご自分の身で考えたことはあるでしょうか?

自分は腕力にも負けている、お金もそれほどない。大切な何かを武器や暴力で奪われて、それが到底敵わないというだけで、その相手に対して「全面降伏」するでしょうか?

おそらく「ちくしょう、いつか仕返しをしてやる」・・・必ずそう考えるはずです。軍備を誇って相手を威圧しても、その相手は「いつか仕返しをする」という、無限の連鎖に陥ることは明白です。

 

幸いにしてイスラム圏の国々の方は、日本に対して好意的な方が多いです。欧米とイスラム圏との橋渡しができるのは、唯一日本という存在であるのに、アメリカという世界最大のテロ国家に尻尾を振って追従するような集団的自衛権など、日本人の首を絞めるだけです。

 

「世界の警察官」を一人で自認するアメリカは、属国日本を都合よいように利用するため、集団的自衛権の行使容認について現政権に早期に実現を要求し、愚かな安倍政権はそのままそれを実行に移してしまいました。でもそれはアメリカに都合の良いように利用されているだけ(第二次世界大戦の時も、日本の潜在的可能性を恐れたアメリカに資源供給を断たれ戦争へと誘導されたに過ぎません)です。

 

日本はもっと独自の平和路線を歩むべきだと、思います。核兵器廃絶はおろか、軍縮についての提案を世界的に主導し、国家間の対立を解消するようにリーダーシップをとることが出来たのは、世界で唯一の被爆国であり、侵略のための武力保持を禁じた憲法をもつ日本だけです。

 

こういうと「お花畑だ」とか「自分の国を自分で守るのは当然」などとお門違いの批判をなさる方がいらっしゃいますが、丸腰で挑む「対話」ほど、勇気の必要なことはありません。その度胸がないから、自分の手の中に銃を持ちたがるのです。

 

日本は、「本当の勇気」を、持つべきなのです。

 

FX

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