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幕張の風

So-netブログ「From Makuhari~幕張の風」から移転しました。 仕事のこと、ニュースのこと、音楽のこと、野球はMarinesと高校野球中心に書きとどめたいことを書いて行こうと思います。

無情。

私の、仕事上のキャリアの最初は、貸金業協会でした。金融110番の主担当で、1980年代後半のバブル前夜、改正貸金業法金利が移行措置の54.75%だった頃。私はその後協会の指定個人信用情報機関へ転籍することになりますが、金融110番での債務整理を行った方は4年間で300人ほど。

その中の一人に、30代前半の女性がいました。
協会で債務整理を行った条件で返済を始めて2年目に入り、それまでは約束の入金をしっかりなさっていただけでしたが、突然協会の事務所へいらっしゃいました。

なんでも、債務整理で生活が元に戻り、心にゆとりが出来たことでお付き合いを始めた男性からプロポーズされたとのこと。この女性は正直に協会での債務整理を男性に伝えたところ、「俺が全部払ってやる」とのことで、途中一括返済のご相談に来られたのです。

残債が多ければ一括弁済で再度業者側と減額交渉も行うことが出来るのですが(この交渉は貸金業の実務を知らない弁護士には絶対出来ません)、この女性は「もう、充分良くしていただいたので、減額は要りません」とのことで、現在の残金全額で一括完済をなさいました。
協会事務所からお帰りになるとき、「本当にありがとう。こちらでお世話になっていなければ、こんなに嬉しいことが起きることはなかったと思います。また遊びに来ても良いですか?」と言って、お別れをしたのです。輝くような笑顔を残して。

まさか、それが最後になるとは、思いもしませんでしたが。

それから3か月ほどしたある日、新聞の小さな記事を見て、私は絶句しました。その女性の名前が、「交通事故で死亡」の記事と共に、載っていたのです。


私は、いったい何の為に、彼女の人生に関わったのか?これで本当に彼女は良かったのだろうか?色々なことを考えました。そして人生はこれほどまでに無情なものなのかと、大声で叫びたくなるほど、心の痛む出来事でした。

今では、テレビでも「借金問題、過払い返還」なんて司法書士風情がCMを流す時代。直接会って相談して解決することもなく、電話一本で条件に合えば本来は有効な支払済みの金利が返ってくる魔法で、誰にも感謝の気持ちなんて、持てない世の中になってしまいました。

きっとそんな過払い返還なんて、この女性なら絶対に考えなかったでしょう。それでも、そんな方がどうしてこんなに早く、この世を去らなければならないのか?

私に、まだ現世で出来るのことはあるのでしょうか?しっかり見つめ直してみなければなりません。いつ何時、どんな理由でこの世を去ることになるか、分かりませんから。精一杯のことを、したいと思います。

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支え。

タクシーの仕事をしながら、空車の時にはFMラジオを聴いているのですが、その中で現役の高校3年生が、両親の離婚に戸惑い進学を諦め、それでも自分の夢を追いたいのに現状に流されている自分が恥ずかしい・・・と言った内容の、電話相談を取り上げていたものを耳にしました。
この子は女性ですが、自立し生活費も自分でまかないながら、高校卒業後は自分の夢を追いたいと。
その姿に、私が大学生時代、学費と生活費に追われて中退してしまった過去が被り、思い出されてしまいました。でも、この女性と比べれば、タイミングは楽だったかも知れません。

学費を払ったとは言っても、私は大学入学時には親に入学金を払ってもらっています。入学してから家庭環境が激変してしまいました。両親の不仲(有体に言えば、父親が不貞をした上にお金を家に入れなくなってしまっていました)とそれを原因とした母の情緒不安定で、私は突然降りかかった生活費と学費の負担でアルバイトに追われ、元々それほど興味の持てなかった大学の授業に興味を完全に失うまでに、さほど時間はかかりませんでした。

すさんだ自宅へ帰るのも辛く、このラジオの女性が耐えかねてラジオで電話相談したものを、高々19歳の私がどうやって精神状態を維持していたのかなと、ふと考えましたら、これまでは辛さからでしょうか、自分の当時の記憶を完全に消し去っていたものが、何故かこの時すーっと思い出されました。

大学入学後しばらくしてから交際を始めた女性に、私は完全に精神的に依存していたのです。「帰りたくない」とこぼすと彼女は「あなたのお母さんには、今あなたが必要なの。帰って支えてあげて」と、諭してくれることも度々。

でも、私が我がままを言って彼女を困らせることの方が、多かった。彼女もまだ大学生。学校もある家にも帰らなければならない。予定を曲げても私と一緒に居てくれと、無理なお願いばかりしていました。その結果彼女も負担に耐えかねてしまって、別れることになってしまいました。私はまだまだ子供だったので、自立したお付き合いが出来ず、本当に彼女には迷惑をかけてしまいました。もしどこかで会うことが出来たら、感謝の気持ちだけでなく、謝りたい気持ちでいっぱいです。

この苦しかった時に私を支えてくれた人がもう一人。昨年4月に亡くなった伯父です。両親の不仲で収拾がつかなくなり、困り果てて真っ先に相談したのが、伯父でした。伯父は明番にも関わらず、能登から千葉まで飛んで来てくれました。

「お前らいい大人二人がしっかりせんもんやから、子供がこんなにしっかりしてしもうてて・・・。恥ずかしいと思え!」と。両親をいさめる伯父の言葉を聞きながら、私は本当に救われた思いがしました。

本当に追い込まれてしまった時には、必ず支えてくれる人がいました。今もそうでしょう。扱いの難しい、お金のかかる大学生を抱えた私の所に来てくれて、寄り添ってくれる妻がいます。焦りのあまり事業を失敗し、そこから脱しようとあがけばあがくほど落ちてしまって、自己破産まで追い込まれてしまいましたが、それでも離れずに居てくれます。

 

日々の生活に埋没しているつもりはないものの、やはり一度レールから外れた生活を立て直すのは容易ではありません。
一般的な判例とはかけ離れた不当な裁判の結果で負わされた借財に加え、そこから焦って早く脱しようとした結果、更に悪い結果を招いてしまい・・・。

タクシードライバーとして当面の生活の糧を得ながら、息子の学費負担に追われていますが、これもやはりお金に苦労して中退してしまった、自分の悔しい思いを息子にはさせたくないが為。


若い頃から睡眠時間も短く、身体を酷使して来ましたので今では障害のある左腕だけでなく、右腕も肩・肘・手首を痛め、仕事だけでなく日常生活にも支障が出て来ました。心臓にも肺にも、今は治まっていますが持病を抱えています。

それでも命まで取られた訳ではありません。今、自分が出来ること・可能なことに集中して、必ずこの苦しい状況は終わると信じて進みたいと思います。
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心機一転。

個人的に、2008年から続いていた数々のトラブル。まるでサイコパスの前妻からの離婚裁判時に相手方の代理人だった弁護士への懲戒請求も、互助組織としか思えない弁護士会には自浄作用などあるはずはなく、当然のように棄却されてしまいました。

裁判時の違法証拠提出なども併せて、民事での訴訟へ移行するつもりでおりましたが、現在の私の状況と、将来に残された時間を考え、すべてを止めることとしました。

過去に拘泥するよりも、これからの家族との時間を優先したいのです。

息子も、これから将来を決める就職活動へと入ります。私も、現在の妻との今後の生活計画をしっかり組み立てる必要があります。過去のことに拘泥して時間やエネルギーを浪費するよりも、新たに何かを生み出す努力をする方が、必要だと気付いたのです。

私が現在生業としているタクシードライバーだけではなく、他にも私に出来ることを探し、それに集中します。

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実証。

先日都内で行われていた、タクシー初乗り運賃410円の実証実験結果が発表されました。

trafficnews.jp

この実験には私の勤務する会社も参加しておりましたが、その実験方法には疑念を抱いておりました。
JR新橋駅の指定乗り場から乗車する車両で、実証実験の表示を行ったクルマのみがこの実験対象車両となるのです。(乗り場は他にもいくつかありました)

 

www.mlit.go.jp


「実証実験」というのなら、普通に考えれば比較対象集団をほぼ同条件で設定し、料金設定以外を同一にして、二つの実験結果を比較しなくては、意味がないと思いませんか?

この実験内容では、初乗り410円とした車両の乗車率や日ごとの売上は分かりますが、同じ日の同じ条件での730円初乗りのままのタクシーの、乗車率や売り上げの変化は比較のしようがありません。

 

本当に実験検証をやるなら、都内の営業エリア全域での流しタクシーのサンプル集団を抽出し、410円初乗りとしたものの乗車率(実車率)と売上を、730円初乗りのままのタクシーの乗車率(実車率)と売上と比較すべきです。

もちろん、その母集団のタクシー運転手の技能(営収を上げる能力)によっても左右されるので、平均営収のほぼ似通った運転手をそれぞれに配置する必要があります。

こうやって初めて本当に比較が出来るものを、指定乗り場乗車だけで何のデータを公表するのかと思ったら、そのタクシーに乗車した人に対して、乗車意向調査をしただけ・・・と聞き、驚きを通り越し怒りすら湧いて来ました。

「茶番」ですよね、これ?始めっから運賃改定ありきで、世論誘導して改定へのおぜん立てをしたに、過ぎません。

私が初乗り410円を「値下げ」と表記しないのは、これはまったく値下げではないからです。

初乗り以降の運賃は、従来は280メートルごとに90円(≒0.321円)ですが、新料金では237メートルごとに80円(≒0.337円)なのです。


渋滞がないと仮定して比較すると、10キロ(1万メートル)の料金は

従来は2キロ730円+8,000メートル×0.321円≒3,290円

新料金では1.059キロ410円+8941メートル×0.337円≒3,420円

 

となってしまいます。完全に「値上げ」です。

2キロ以降の料金は、むしろ高くなってしまうこの料金体系は、これまでのタクシーの中心利用層の離反を招くのではないかと、懸念しております。深夜のロングのお客様の料金は、確実に1割以上は高くなるからです。そんなんで「タクシー高いし、始発待とうか?」なんてなってしまえば、初乗りが下がる以上に我々タクシー運転手には痛い。私の場合で一か月の営収のほぼ4割が、深夜帯の売上だからです。

初乗りを410円にして営収が下がることは努力で補えます。しかし、大幅値上げとなる遠距離顧客の離反を招けば、これは努力ではどうにもなりません。

最大手企業の思いつきだけで始めて、内容を深く検証せず突っ走るのは、勘弁して欲しい。一つの産業の根本を変える時は、もっとしっかり検証を行って欲しいものです。

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父の姿。

皆さんは、「父親」と聞いてイメージすることは、ありますか?

日本も核家族社会(単一世代または直接の親子のみで構成される世帯)と言われ久しく、家庭における父親の役割というのも、私の子供時代の昭和40年頃とは、大きく変わっています。

普通に考えれば、男性であれば成長し結婚し子供を授かることが出来れば、誰しも「父親」になる訳ですが、誰でもその立場になることは出来こそすれ、「父親」の役割をきっちり理解し、果たしている方は、少ないんじゃないでしょうか?私も含めて。

一般的には男性が父親になるときに、手本とし習おうとするのは自分の父親だと思います。ただ私は、実の父との関係が良くなかったこともあり、また実際問題としてあまり手本に出来るような父親でもなかったので、私にとっての父親の“お手本”は、故郷の能登の実家の近くに住む母の兄、つまり伯父でした。

その私にとって「父親」そのものとも言える伯父が、今年(2016年)4月に、帰らぬ人となりました。私の実の父からメールで伯父の死の一報をもらった時、頭が真っ白になりました。ここ数年体調不良が続き、特にここ1年近くは外出も出来なくなるほどに、伯父は弱ってしまっておりましたが、何故か「きっとまだ元気で居てくれるだろう」と、勝手に理解してしまい、この年の正月の帰省を見送ってしまったことが、悔やまれました。

幸い今年に入り大手の会社へ転職していましたので、出番の調整も出来、告別式には何とか間に合いそうなので、私はクルマを飛ばして一路能登を目指しました。

葬儀では、故人を偲ぶ映像として、これまでの写真を順にビデオとして流してくれました。その中で、私も一緒に連れて行ってもらった甲子園球場での写真もありました。私が高校3年生になる前の春休み、実家に久しぶりに帰省した時に伯父に「甲子園へ選抜高校野球観に行かんか?」と、誘われたのです。

 私は弟と二人で、伯父の運転するワゴン車に伯父の家族と一緒に乗り込み、奈良大和路と大阪へ向かいました。

 

甲子園球場での観戦中、私たちの前に座っていた女性2名に、後ろから吐いて飛ばされたガムがついてしまうという、「事件」が発生しました。私はこんな人の多いところでガムを平気で吐き捨てる感覚が許せず怒りに震えていましたが、隣に座っていた伯父は、もっとすごかった。大声でガムを吐いた人間が居ると思われる方を向いてこう怒鳴ったのです。

 

「誰やこんな悪いことするがは!!ここへ出でこ!!(こっちへ出てこい)」

 

その剣幕に驚いた二人の若い男性が、その場から逃げるように立ち去って行く姿が、はっきりと分かりました。

 

いつどんな状況でも、とっさに「良いことは良い、悪いことはダメ」ということがはっきり口に出して出来行動できる、そしてそれが決してぶれることがない伯父は、私にとって本当に「父親」のお手本でした。

私は、両親がそろっているのなら、父親は規範、母親は愛情を子供にしっかり伝えることが大切だと、考えております。そのことが子供にしっかりとした規範意識を身に付けさせ、人にやさしさをもって接することが出来る大人となる基盤を作ると、考えるからです。

私は、結構やんちゃでわがままでしたので、伯父のところの兄弟二人と一緒に遊ぶときなど、しかられることもしょっちゅうでしたが、私は伯父を怖いと思ったことは一度もありませんでした。伯父の「叱る」には、いつも愛情が根底にあるのを、私には理解出来たからです。私が決してやってはいけないこと、間違ったことをすれば全身全力で怒りを表してくれます。伯父には、本当に感謝しかありません。

 
私が、会社の経営に失敗しタクシー運転手となることを決意したのも、伯父がその仕事を生業としていたことが、大きな理由です。才能がありながら家を守ることを背負わされ、田舎に「封印」されたまま3人の子供を皆東京の大学へ進ませた伯父が、家族を守るために選んだ仕事だから。


タクシーの仕事は、見た目以上に精神的にはきつい仕事です。流しで選ぶ道を間違えればお客様には出会えません。給料はすべて自分の売上次第です。黙って会社に出勤すれば給料が出るほど甘くない。ご乗車位置から、目的地を伺った時点で瞬時に経路と時間、最短コースを判断しなくてはなりません。色々な方が乗って来られます。気の良い人ばかりではありません。すぐ怒鳴る人、騒ぐ人、どんな人にも苦情となることがないよう、臨機応変に心地よい対応をしなくてはなりません。

 

一人深夜の運転席で、売り上げの上がらないプレッシャーに耐える時も、疲労の極限で眠気と闘いながら運転している時も、傍で伯父が見守ってくれていると感じながら、「無事帰るぞ、目標はやり遂げるぞ」と諦めず粘ることが出来るのは、私に父の姿を見せてくれた、伯父の後姿があればこそです。

本当は亡くなる前に、一度で良いから私のタクシーに、乗ってもらいたかった・・・。


これからも、見守っていてください。

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納得。

お盆前のことですが、明番の朝に妻が「ミキサー使いたい」というので、準備しておりましたところ、明番と言うこともあってうっかり先にコンセントをつないだまま、歯の部分を本体に取り付けてしまいました。
すると当然のように歯が回転して、私は右手人差し指を6針縫う怪我をしてしまいました。

当然、いつもであればコンセントもつながず、電源スイッチも入れずにやることなのですが、明番で予定ぎっちりの私は何か頭がボーっとしていたんでしょうね。コンセントを先にさしてしまうという失態を演じてしまいました。

でも、ミキサーであれば安全装置がついているはずです。私が使用しているのはハリオのEBL-750という製品(OEMで製造元はフカイ工業です)ですが、安全装置はあるものの、歯が取り付けられているボトルホルダーを取り付けない場合だけ働くところにセンサーがあり、肝心のボトル取り付けする・しないについてはまったく感知しないのです。

他社製品がどうなっているか気になって調べましたが、

普及価格帯のテスコムのTM-8200という製品でも、センサーはボトル取り付けに対して働くようになっております。
http://www.tescom-japan.co.jp/support/manual/pdf/kitchen/TM8200.pdf

家電最大手、パナソニックの製品では、MX-X301ですとボトルそのものにのみセンサーが反応するように取り付けられています。
http://panasonic.jp/p-db/contents/manualdl/1428195521947.pdf

歯がむき出しの状態で、安全装置が作動しないというのは、やはりどう考えても納得出来ません。
私以外にも、同じような怪我をした方もいらっしゃるのではないでしょうか?

ハリオのホームページには、問い合わせは電話のみでしたので、公式Facebookページからビジターで問い合わせを行いました。

見解を確認させていただきたいと思います。これでは、右手人差し指がおそらく今後以前のように動くことがない以上、納得することが出来ません。

もし、ミキサーご購入を検討し、機種を選ぶ時にはご参考までに。

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星が降る前に。

MUSIC

2016年7月7日更新:
私のYouTubeアカウントが、他の動画のアップロードについてJASRACとの交渉決裂により凍結されたため、旧ファイルがすべて閲覧不可になってしまいました。
私にとってとても大切だった八田さんとのやりとりまで・・・。


当初のエントリーアップ時に、まさかご本人から私のアップしたYou Tubeへコメントいただけるとは思わず、それを見たときにはパソコンの前で固まってしまいました。

残念ながら今は前記のような理由で見ることは出来ませんが、そのYou Tubeのコメントをご覧になり、ブログをアップなさった方もいらっしゃいました。

ストリート・ロックの時代:八田雅弘



しばらく、復活させる(法的手段へ訴える)余裕もないため、新しい動画を作成してアップしました。それに合わせてブログエントリーとリンクを修正しました。

 いくつになっても、いつになっても、やっぱりこの曲は、私の原点です。
(最初のエントリーは2009年2月)


星が降る前に 八田雅弘


 

八田雅弘というミュージシャンを、ご存知の方はいらっしゃるでしょうか?

 

佐賀県出身、“SKY”というグループの解散後、北沢英三から八田雅弘に改名しソロデビューしたミュージシャンです。

シンガーとしてはあまりパッとしたセールスはありませんでしたが、おニャン子(これも懐かしい響きですが)の高井麻巳子さんや、世良公則さんなど、コンポーザーとしての活動が多かったイメージがあります。その中で私が印象的だったのはフジテレビ系の“夢で逢えたら”という深夜枠の番組の最後のほうで発表された、「フォーエバーフレンズ」という曲です。

ただ現在はまったく音楽活動はされていないようで、ネット上でも殆ど情報が存在しません。(追記:2009年当時で現在はGoogle検索でかなりの情報に接することが可能です)

 

“星が降る前に”は同名の曲がアルバムに収録されていますが(A面2曲目)、この曲の頭の詞は“俺は人の海を櫂も持たずに船をこぐ”という、このアルバムの前に発表したアルバムの名前と同じ歌詞で始まります。

 

このアルバム、当時私の心の琴線に触れてしまいまして、持っているレコードの中では一番良く聴いたのではないかと思います。

 

八田雅弘はロック・シンガーとして売り出してはいましたが、ギターのフレーズとかアレンジはどっちかというとフォーク系のように感じられました。メロディーやボーカルの声質から考えて、当時の私が聴いてもなんだかアレンジが良くないな、と感じたほどなのでセールス的にはさっぱりでした。でも、ボーカルに秘められた想いと歌詞のストレートさが、他のアーティストには感じられない魅力に思えて、ずーっとこのアルバムを録音したテープはクルマに載せていました。

 

一番の魅力は歌詞でした。

 

先述の“俺は人の海を櫂も持たずに船をこぐ”も、比喩的過ぎる表現で、あまり“歌詞”には似つかわしくない言葉の響きですけれど、このアルバムのタイトルチューンでもある“星が降る前に”という曲の歌詞は、当時家庭のトラブルや金銭的事情から大学を中退し、自らの進路に大きな迷いが生じていたこともあって、色々な意味で苦しみもがいていた気持ちを代わりに語ってくれているかのように思えて、尋常ではない感情移入をしてしまっておりました。

 

「星が降る前に」  作詞・作曲:八田雅弘

俺は人の海を 櫂も持たずに船をこぐ

悲しげでうす暗い 星が見つめてくれる街で

からみつく生活と 戦っているといつも

人生を降りた奴と 肩を並べそうになる

自分の星を信じながら 輝かせるすべも知らない

どこへ行くんだ俺のShip Light そして何を一人で待ってる

 

愛がすべての彼女 なぐさめ求めやってくる

みじめだぜ 抱き合いながら二人の明日を語るのは

投げやりな生き方を 選べなかった俺と

暮らしたがる彼女にも 心隠すわけがある

どこかで人を裏切りながら 傷つかないすべを探してる

何を求めて俺のShip Light そしてどこでさまよい待ってる

ああ星が降る前に たどりつきたい

ああ星が降る前に 俺を照らす答えに

 

たよりなくて風を 追いかけてしまった夜

傷口に手を当てれば もう殴り合いは終わってた

「淋しさの裏側をのぞいてろ」と誰かが 

教えてくれた日々は 遠く置き忘れて

心ヒリヒリ 痛めながら たどり着く朝の鈍さよ

くもり知らない頃のEye Light 今も胸に残っているか

ああ星が降る前に たどり着きたい

ああ星が降る前に 俺を照らす灯りに

ああいつも手の中に 握りしめたい

ああいつも手の中に 自分に負けない勇気を

星が降る前に 星が降る前に

 

 今も私の胸に、少しでも輝くEye Lightは、残っているでしょうか?

 

ちなみに当初のエントリーアップ時の直前に亡くなられた甲斐智枝美さんのご主人、長谷部徹さんがこのアルバムでドラムを叩いています。まったくの同世代だけに、皆さん現役を退いてしまっていることがちょっと寂しいですね。


 

星が降る前に

星が降る前に