幕張の風

So-netブログ「From Makuhari~幕張の風」から移転しました。 仕事のこと、ニュースのこと、音楽のこと、野球はMarinesと高校野球中心に書きとどめたいことを書いて行こうと思います。

プロフィール。

SNSなどのネット上での自分の「顔」として、これまでは1歳半時の私の写真を使っておりました。

一度、会社の代表となった時に、Facebookでやり取りすることもあるから・・・と、Facebookだけは当時の私の写真に入れ替えて使っていたこともありますが、基本は自分を産んでくれた母へのリスペクトも込めて、母の撮ってくれた写真をこれまでは使って来ました。

 

しかし、母がこの世を去って色々と見えて来たことがあります。

血は繋がっていても”家族”とは限らないんですよね。

 

でも現在の私には、私を信じてくれる妻がいて、自分の命より大切な息子がいます。

そこが私の帰る場所なのです。

 

妻と結婚した当初は、起業したばかりで父子家庭で家事に追われる私を見かねて、本来であれば息子の大学卒業を待って入籍するつもりでいたのを、早めてしまったために式はおろか、結婚記念のものと言えば結婚指輪くらいしかありませんでした。

「落ち着いたら、そんなにお互いに老け込む前に、写真を撮って残そうよ」と、妻と約束しておりました。

結婚10年までに、何とか写真を撮れるようにしようよ、と。

 

それがようやく3月22日に、撮影することが出来ました。

今回お願いしたのは、こちらです。

www.studioaqua-asakusa.jp

撮影までに、申し込みと衣装合わせなどで事前に2回ほど伺いました。

当日は2人で写っているもの以外に、1人ずつのものも含めて100枚以上を撮ってもらいました。私だけ写っているものの中で、選んだものが新しくプロフィール写真に設定したものです。

本当は記念に残すだけのつもりでしたが、これを機会に一気に気持ちをリセットしたくなってしまったんですね。

それでこの時の写真を、このブログだけでなくFacebookTwitterもLINEも、すべてプロフィール写真に設定変更しました。

 

これが、本来の自分かな・・・と。

もう、母はこの世にはいません。私がこれから守って行きたいのは、今私の傍にいてくれる人です。

そういった意味で、これまでの自分との決別の意味を込めて、変えました。

それと、妻とこんな話もしていました。

「結婚の記念に残すだけじゃなくて、遺影にも使おう」と。

妻とは来年結婚10年になりますが、晩婚になりますので人生の残りの時間はそれほどありません。

残された時間を悔いなく、しっかり刻んで行く為に。

その一つのステップが今回の撮影でしたが、とても良い記念になりました。

スタジオアクアさんに感謝です。

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何故。

テレビの地上波でも、ラジオでも、ネットでもこのニュースが全く報じられないのでしょうか?

 

5-アミノレブリン酸(5-ALA)による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)原因ウイルスの感染抑制が判明

https://www.neopharmajp.co.jp/library/592faa4a16088b6a0b777d96/6022465c38c81ba70586c2e2.pdf

 

新型コロナウィルス感染症の感染抑制効果が判明した物質が見つかったのですが、世間的には「ワクチン」の報道ばかりですね。

でも、そもそも”コロナウィルス”はアデノウィルスやライノウィルスなどと同じで風邪を引き起こすウィルスの一種に過ぎません。それが感染すると劇症化したり感染力そのものが高まったりした変異ウィルスが「新型コロナ」なのですが、どうも現状の社会を見ていると過剰反応で不必要なまでに怖がり異常な対策ばかりを、どの国の政府も行っています。

 

ロックダウンや緊急事態宣言などは、ウィルスの根絶には何の意味も持ちません。それですべてのウィルスが死滅する訳ではありませんから。

 

ウィルス対策での基本は、感染予防の為に人と人との接触を減らすことよりも、人間そのものの免疫力を上げることです。新型コロナウィルスに限らず、地球の大気内には無数の多種のウィルスが存在しています。それでも地球上で生物が生存出来るのは、ウィルスが体内に侵入しても感染しない「抵抗力」を持っているからで、その抵抗力が失われたときに罹患してしまうのが、一般的に「風邪」と呼ばれるウィルス感染症です。

 

よく「風邪に特効薬はない」と言いますが、風邪の原因のウィルスは多種多様で、しかもウィルスは変異するものですから、そのウィルスを死滅させる効果があっても変異ウィルスには効果がないということがあるためです。

 

つまりウィルスにはウィルスだけをやっつける薬は存在せず、たとえ感染して抗体を体内に作ったとしても、型の違ったウィルスにはまた感染してしまう可能性がある・・・ということになります。

 

であれば何が必要かというと、ウィルスが体内に入り込んでも発症しない抵抗力を作ることが一番必要です。 

となると、この5-ALAに判明した新型コロナウィルスへの感染抑制効果は、新型コロナウィルスの脅威を取り除くことに、非常に重要な意味を持つのではないでしょうか?

 

こちらの記事によると、日本酒にもこの5-ALA成分が含まれる為に、日本酒を飲むことで新型コロナウィルスの発症を防ぐ効果がある可能性に、言及しています。

www.sakagura-press.com

既にこんなサプリメントの発売も予定されています。ただこちらの企業はちょっと問題を過去に起こしていますので、「安価で生産が難しい5-ALA」を、本当に有効な品質で抽出し製品化しているかは、確認が必要ですけれど。

prtimes.jp

とはいえ、この「5-ALA」というアミノ酸の効果には、期待が出来そうです。品質の良い製品が早く製品化されるように、希望します。

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閉店。

私にとっては、かなり衝撃的なニュースでした。

www.chibanippo.co.jp2023年2月いっぱいで、津田沼パルコが閉店とのこと。

 

ここは、いろんな思い出が詰まっているんですよね。私と同世代くらいの方で、お住まいが船橋、鎌ケ谷など新京成電鉄沿線の方であれば、津田沼は「外せない」ターミナルです。

 

この津田沼パルコは1977年オープン。私が、父方の伯父の家に下宿する為に、宮崎からやってきたのが1978年の春、当時の国鉄津田沼駅北口を降りて正面に建っていた津田沼パルコは私に「都会だなあ」と思わせるには十分な佇まいでした。

 

とは言っても、当時をご存じの方ならお分かりだと思いますが、津田沼駅北口正面には農家が一軒残っており(今のバスターミナルのあたりすべてが、この家の敷地でした)、その中に牛が1頭、飼われていたんですよね。その牛とパルコの入居する大きなビルとのギャップにも驚かされたことが、今でも印象に残っています。

 

上の記事の中にも書かれていますが、この商業ビルの中で「思い出」を残している方は相当数いらっしゃるのではないでしょうか?

そういう私も、運転免許を取って初めて立体駐車場に駐車したのが、このパルコでした。

 

他にも、中学校の同窓会で2階の喫茶店を貸し切ったり、レコードと言えばここのテナントだった新星堂で買っていたり、西友だったB館では食料品を買ったり日用品を買ったり家電品・・・今でも使っている電気ストーブを買っていたり、また「お年頃」で多少着るものに気を遣うようになってからはここのショップで馴染みのお店も出来てそこで服は全部そろえていたりと、思い出せば数え切れないほどこのパルコを利用しておりました。

 

映画館で映画を観たり、視力が落ちてきて最初の眼鏡を作ったのも、ここでした。

 

小売業をとりまく環境が、この津田沼パルコの開店当時からは全く変わってしまい、駅前型から郊外の大規模ショッピングセンターへ消費の中心が移っていった現在では、この津田沼パルコのような以前でいう「好立地」でも、商業施設を維持するのは難しいのでしょうね。通販の台頭やコロナでの客足減という追い打ちもありましたし。

 

こんな分析をしている記事もありました。

www.itmedia.co.jp

幸いにして閉店までまだ1年以上ありますので、また訪れてみたいと思います。

 

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違和感。

久しぶりに映画館で映画を観て来ました。

poupelle.com

今回は感想ではなくて、この映画についてのネット上の意見に感じた違和感について触れたいと思います。何しろ、この映画の原作者の業界にかかわる人たちからのディスりがあまりに酷いので。

例えば、これ。

gendai.ismedia.jp

 

書き出しではいかにもフラットな立場を装いつつ、後半に繰り出す徹底的な作品批判。
私がこの映画を観ようと思ったのは、テレビの番組やYou Tubeでの西野さんの発信を見て興味を持ったからであり、その上で西野さんのコメディアン時代のことなど何も頭にない状況で、映画を観ております。

この映画批評に対して意見させてもらうなら、「台本の批判なんか、やろうと思えばどんな台本でも批判出来る」ということ。

 

この作品の訴えたいことについては、ご覧になった方がそれぞれ抱けばいいことです。それがエンターテインメントだと思うんですよね。

 

それをストーリーの微に入り細にわたり批判してくる。

例えばここ。

 

よそから見つからないように、また、住民が外に出て町の存在を吹聴しないように煙幕を張り、迷信が流布されていたはずなのに、町全体を危険にさらす行為をすることに主人公はなんの躊躇もなく、体制を護持してきた側はなんのお咎めもしないのである。

 

主人公は十分に危険にさらされていますし、体制側もルビッチを追うシーンも描かれているのに、これではちゃんと映画を観ていないとモロバレではないですか?

 

ヤフコメの批判も、彼のコメディアン時代からのテレビなどでの言動に基づくことで、それで個人的に好き嫌いになるのは良いと思いますが、今の彼の作品を評価し好んで見る人に対して信者だ宗教だと言い出すのは、ちょっと違うんじゃないですか?

 

私は西野さんのコメディアン時代は知りませんし興味もなかったですが、今回彼がお笑いからこの世界へ舵を切った気持ちや作品に対する思いを聞いて、「じゃあ、観てみようかな」という感覚で映画館へ足を運びました。

 

観た感想は、「粗さはあるけど、映画製作にかかわるすべての人の思いがこもった良い作品だな」というものです。

 

You Tubeの西野さんの発信で拝見しましたが、彼は自分で作詞作曲した曲から、映画の構想を膨らませたとのこと。

 

絵の精緻さはピクサーも同様ですし、絵本で綺麗な絵を使っているものも、本屋さんの絵本売り場に行けば、今は沢山あります。ある人が、「子供は精緻な絵を読み取ることが出来ないから、プペルの絵本は子供向けではない」なんて批判をしていましたけれど、それは子育ても子供に絵本を読み聞かせした経験もない方の意見なのでしょうね。

 

私がプペルを観て感じたのは、コロナで生活が一変した人々が、他人の行動を逐一監視し批判するようになったことについての回答のように思えたということ。

 

このプペルへの「他者を危険に巻き込んでも自分の信念を通すのは危険」という批判は、正に自粛警察の行動と同じなのですよ。

自粛警察といわれる方の行動は、「社会の為に危険分子を排除する」という行動で、それって正にえんとつ町の「目立った行動はしないでくれ」という住民たちと同じなのです。

このプペルへのディスりがこんなにも多いことで、ほんと今の社会は息苦しいなと感じてしまいました。「空の上に星があるんだ」と叫ぶことも「周りに迷惑だから止めてくれ」の声で押しつぶそうとする人が、こんなにも多いとは。

 

この国に、未来ってあるんでしょうか?

私に何が出来るでしょうか?

 

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放置。

初めて、1年以上新しくエントリーせずにブログを放置してしまいました。
前回の更新時はタクシーから卒業を控えていましたが、2020年の暮れを迎えた今も、やはり同じ仕事をしています。

その仕事での「失望」がなんだかエントリーの気力を失わせてしまいました。

まあ、昨年末には想像しなかった状況の現在、それでも何とか普通の生活を維持は出来ていますので、私は恵まれているのでしょうね。

世の中の形が変わったとも言われるような現在ですが、時代が西洋から東洋へと本格的に流れているようにも感じます。

もう、新しい時代ではそう長くは生きられないと思いますが、残りの人生を悔いのないように、そして残される息子に負担のかからないようなエンディングに準備する、そんな2021年にしたいですね。
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離れているということ

距離が現実を麻痺させる
あの日からもう
かなりの時が経つと言うのに
このまま能登へ向かえば
お帰りと
何事もなくあなたが
迎えてくれそうで

走りたい
時を越えて
あなたの待つ
所まで

変わらない景色と
変わらない時の流れ
僕の目に映るこの景色は
どこにある

走りたい
どこまでも
あなたの待つ
あの日の家に

走りたい
いつまでも
あなたの居る
暖かい場所へ

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疑問。

先日は、路線バスの車椅子対応について取り上げましたが、今回は本丸です。

「鳴物入り」で首都圏を中心に旧来のクラウンコンフォートや日産セドリックの旧タクシー専用車両からの置き換えが進んでいる、トヨタの「ジャパンタクシー」。

これ、なぜかUDタクシーなんですよね。

matome.naver.jp正直、こんなに手間のかかるスロープ設置と、車体の左側からアクセスするスロープでは、日本の道路事情を考えると車椅子での乗車が出来ない場面が、かなり多くなると思われます。実際福祉車両で車椅子対応の車両はすべて後ろのハッチを開けてスロープを出し、乗車するものばかり。ジャパンタクシーは、タクシー会社の要望でプロパンガス燃料で走るためにガスタンクをリアに設置したことで、リアゲートからのフロアをフラットに出来なかったことから、この左横からのアクセスになったのですが、それでは車椅子での使い勝手がよくなるはずはありません。

日本の住宅地で、ちょっと道の狭い路地に入り込めば、車がすれ違えないような幅の道路も多くあります。このジャパンタクシーの車椅子スロープは、車幅二台分以上のスペースが必要で、そのような路地に入り込めばスロープの設置は不可能です。

 

また、流しで手が挙がってスロープ設置を求められた際にも、それだけの横幅のある歩道が、いったいどのくらい日本は整備されているのでしょう?更には雨天時はどうするのでしょうか?リアゲートから乗車するのであれば、開けたゲートが屋根代わりになりますが、横からの乗車の際には、準備が出来るまでは「雨ざらし」になってしまいます。これはドライバーも車椅子のお客様も同様です。

 

こんな代物を強要しておいて、国土交通省は乗車拒否でタクシー会社と運転手を処分すると言い出しました。

www.asahi.com
これではあまりに自動車会社寄りの偏った行政指導ではないですか?
まずは、現状のジャパンタクシーの構造の見直しが先でしょう。通常は車椅子対応のような特殊作業は全員が技術を習得するものではなく、研修を受けて一部の運転手が対応します。すべてのタクシーを利用されるお客様の中で、車椅子のでの乗車を希望される方は単純に人口比で考えれば0.8%程度です。そんなレベルの可能性に対し、すべてのタクシー運転手に研修を義務付けるのは、いくらUDが必要なことだからと言って、行き過ぎではないでしょうか?

 

※数値の算出根拠

タクシー利用者数 2017年 319,973,222人 1日当たり 876,638人(東京都)

 車椅子利用者数 2015年(予測値) 33,781人 (全国)

これを仮に東京都のタクシー利用者数の全国比をあてはめて車椅子利用者数の東京都分を算出すると、2017年の全国利用者数は1,421,999,507人であり、東京都はおよそ22%となる。となると東京都の車椅子利用者数は33,781×22%=7,431人が相当すると思われる。 

仮にこの全員が毎日必ずタクシーを利用するとしても、その利用率は 7,431/876,638 で0.0084 となり、0.8%に過ぎない。


この為に大半のタクシー車両を車椅子対応にするのは、いかにも無駄ではないでしょうか?それは簡単に床下に収納されたスロープを引き出すだけなら、嫌がる運転手はいません。ところがこのジャパンタクシーのスロープは二つに分かれている上に、車内も助手席を最前方にスライドさせ跳ね上げた上で、リアシートの座面もすべて跳ね上げ固定しなければなりません。さらにはリアシート下にあるスロープとトランクに収納されたスロープを組み合わせ、それをベルトで固定した上でないとスロープを車体に固定出来ないのです。

これを、普通の企業で社員に研修して、「業務で必要だから」と研修しても、おそらく100人受講して習得できる人は10人もいないようなレベルの煩雑さです。それを、0.8%の可能性のために、100%出来るように準備しなければ行政指導するというのは、あまりに理不尽過ぎませんか?(しかもこの0.8%という数字は、車椅子の人が毎日1回必ずタクシーを利用するという仮定での数値です。もちろん実際の利用頻度は、この数値をはるかに下回ることは容易に予測出来ます)



DPI日本会議なる障害者団体らしきところが、こんなイベントを先日実施しました。私はこの団体宛に抗議を行いましたが、回答必要で問い合わせしたにも関わらず、この団体からはまったく回答がありませんでした。おそらくその程度の「えせ障害者団体」なのでしょうね。

dpi-japan.org

このDPI日本会議の実施したイベント後に、国土交通省からこの行政指導の方針が発表されましたから、これもまず行政指導ありきの茶番劇で、だからこそ一介のタクシードライバーに過ぎない人間のクレームを無視したのでしょう。

 

本当に車椅子の方が必要としているバリアフリーは、どんなことでしょうか?そんなことを考えもせずに、ただ単に「UDタクシーが何台走っている」という数字だけを追い求めているのが、今回の国土交通省の処分ではないですか?

 

meguritaxi.com

 

今回の国土交通省の考え方は、まさに「人がバリアを作る」です。

本来は物理的負担を減らして、運転手も簡単に対応できるような環境を整備することが、本来のバリアフリーのはずです。

この国土交通省の考え方は、「箱だけ作ってあとはそれをやる人間の問題」と逃げてしまう、日本にずっと続いてきた自民党政治の悪癖の象徴のように思います。

 

国土交通省に本当にバリアフリーを実現する意思があるなら、行政処分トヨタに実施すべきでしょう。それがされないなら、ただでさえ足りないタクシー運転手の成り手はますます少なくなり、オリンピックで運転手が足りないという事態に陥ることでしょう。

少なくともこんな処分をされる方向が変わらないなら、私は辞めます。

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偽物。

トヨタの「軍門」に下り、すっかり三流住宅会社になったミサワホーム。以前は施工も専属の大工を抱えるなどして丁寧な仕事で定評があったのですが、最近ではすっかりその評判を落としています。

 

 

www.youtube.com


それでも現経営陣は旧ミサワ色の払拭に必死ですね。

その顕著な例が、これ。

www.misawa.co.jp

この「いついつまでも」という企業ソング。旧ミサワホームの時の曲から、歌詞も歌い手も変えて、更にはYouTubeに残っていた本来の歌詞のバージョン(ハイファイセットが歌っていました)もすべて消去してしまい、今では影も形も無くなってしまいました。

 

元の曲はソノシートとして関係者へ配布しただけなので、中古での流通もほとんどなく、全く聴けないのか・・・と思っていましたら、こんなページを発見しました。

http://slaplover-record.com/?pid=103221746

 

このページのレコード紹介のsideAの下にある曲名「いついつまでも」をクリックすると、曲の前半部分が聴けます。

 

この曲の変遷だけを取ってみても、同じ社名の会社でありながら昔のミサワホームと今のミサワホームが全く別物だということが、分かると思います。

 

ミサワホームの創業者、三澤千代治氏は、まだご健在。新たにミサワインターナショナルを立ち上げ、200年住宅を提唱しております。

 

www.habita200.jp

私も、可能であればこの家を建ててみたいですね。

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バリアフリー。

ちょっと耳を疑う処分です。

www.chunichi.co.jp今年の7月、帝産湖南交通のバスに瀬田駅から車椅子で乗車しようとしたが、「スロープの操作が分からない」と車椅子対応の車両の運転手に"乗車拒否"され、用務のあった大学への到着の時間が遅れ充分な準備が出来なくなった…と言うのが、この行政処分の発端の事件。

乗車しようとした側の主張によれば、車椅子で乗車可能な装備があるにもかかわらず、時刻表を指定して「このバスは乗れない」と運転士が言ったことが「障害者差別」だとのこと。帝産湖南交通では、スロープ対応バスの時刻表が別途設定されており、それが7年も更新されないようなもので、かつ実際にはスロープ対応の車種であっても時刻表には表記されていないこともあると。

この「障害者差別だ」と訴える人からすれば、装備のある車両で「乗れない」と言うのが差別ということなのでしょうが、運転士の側から見ると、こういう状況でもありました。

「12時1分発のバスが乗り場に乗りつけた時点で、今回の車いすの方々は乗り場におりませんでした。普段、車いすのお客様がご利用になる時は、他のお客様には一旦待っていただいて、先に車いすの方に乗車してもらいます。ただ今回は、他のお客様が乗車してから車いすユーザーの方々が来ました。また、運転士は車いすユーザーの方が乗車できるスペースも空いていなかったと話しています。

そこで運転士は、ノンステップ・ワンステップバス時刻表を見せて、次のバスに乗るようにと説明しました。しかし、当該バスもワンステップバスだったのに、運転士が『このバスには乗れない』『スロープの出し入れの操作が分からない』と言ってしまったのは事実です。不適切な言い方だったと運転士本人も認めています。乗車済みのお客様を一旦降ろしてもう1回乗っていただくのは困難だという旨も含め、丁寧に伝えるべきでした。受け答えや説明が適切ではなかったと、お客様には謝罪させていただきました」



引用:

www.j-cast.com

バスの機能としては、スロープがあり操作をすれば車椅子の乗客も乗せることは可能でしょう。しかし、ちょっと考えてください。一般的な車椅子対応のバスの場合、多くは優先席の座席を跳ね上げ、そこにベルトで車椅子を固定して走行することとなります。

 

このクレームの主の「事件」の場合は、確かにバスの時間には間に合っていますが、既に先に乗車され、座っているお客様がいらっしゃいます。満員でぎゅうぎゅう詰めでなければ、車椅子のスペースがあれば乗れるという訳ではないのです。もし車椅子を入れるとすれば、ずっと時間前に到着しバスを待っていたお客様を、席を立たせて降ろし、それから車椅子を乗車させなければなりません。

そこまでをすべて運転士の責任で押し付けるのですか?
それが本当の「バリアフリー」なのですか?

運転士が率先して乗客に案内し、「車椅子のお客様がいらっしゃいますので、申し訳ありませんが席を立ってください」と案内された方がすべて気持ちよくその通りにしてくれる保証があるのでしょうか?

上記のバス会社の担当のコメントの通り、バス会社も運転士も自らの非を認めて謝罪しています。その上で車両停止処分などという、通常の会社なら営業停止に等しい処分を、この会社は受ける必要があるのでしょうか?

本日近畿運輸局滋賀運輸支局には、電話にて事実の確認と当局の認識を聞き取りした上で、この処分は重すぎると意見させていただきました。

私は障害者であり、かつ運転士を生業とする立場から、この処分はどうしても納得できるものではありません。役人が今後開催されるオリンピックへの対応も含め、障害者対応に過敏になり過ぎているが故の、不平等な処分としか、思えません。

 

本質的な意味での「バリアフリー」を言うならば、障害者の側も、一般の乗客のルールに従うべきなのです。
この事例で言えば「座りたいなら時間前に並んで座れ」と言うだけの単純なことです。健常者と同じルールに乗るべきだと、私は言いたい。車椅子での乗車=座っての乗車なので、順番取りぐらいはするのは当然ではないですか?

それを「座らせてくれない」から「障害者差別」だと叫ぶことは、ちゃんと時間前に並んでいる健常者のルールも守る障害者への侮辱でもあると思うのです。

皆さまはどのように感じますでしょうか?

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茶番劇。

これは久しぶりに映画館で観たいな、と思ったのですが公開後に母が亡くなり、その後のあれこれで結局映画館へは観に行く機会を逸してしまいました。

有料の動画サービスでネット公開されるのを待っておりましたが、こちらで視聴可能になり、さっそく観てしまいました。

tv.rakuten.co.jp

原作は魔夜峰央さんの漫画。しかし原作からこの映画の内容を予測するのは全く不可能(笑)完全に別物の作品に仕上がっています。

原作の内容はこちら。

ja.wikipedia.org

公式サイトは、こちら。

www.tondesaitama.com

テーマ(そんなものがあるのか疑問と言う向きもあるかも知れませんが)は単に首都圏でのマウンティング合戦かと思うと、さにあらず。“空前絶後のディスり合戦”との宣伝文句はありますが、観終わった後の感想は、むしろそんなところにはありません。

観ていて笑えないことはないですが、笑いだけがすべてではないですね、これ。GACKTさん演ずる麻実麗の、「何故、通行手形を失くしたいか?」との答えの言葉に、武内監督の本当の意図を観た気がしました。

 

とは言え「テルマエ・ロマエ」でも魅せた「適材適所」のキャスティングの妙と映像に仕組まれた数多くの小ネタにもいちいち洒落心が見え、単なる娯楽作品として軽く観られてしまうのが惜しい気もします。

 

通行手形に絡む裏金、そして利権をめぐる世襲など、今の日本に落とし込んでもおかしくないよな、って気になりませんか?虐げられるのはいつも下層に置かれる人だけ。価値観が「都会である」ことのみの偏った社会の生き辛さ。現実には日本人はどんな圧政の下でもそれに「見て見ぬふり」で無関心を決め込むのが関の山でしょうが、この映画の世界のように誇りを持って勝ち取ることが出来れば、どんなに良い社会になるでしょう。

単なるディスり合戦でもなく、バラエティでもない。本当の「お笑い」は風刺の中に生きるものだなと、再認識しました。

 

壮大な「茶番劇」は、お互いに戦うフリをした埼玉・千葉それぞれの開放戦線。茶番を演じつつ"本丸"に攻め込むシーンは、出身地対決などネタもぶち込んで来ているものの、自らの大切に思うものの為に巨悪に挑むヒーローもののそれです。

 

youtu.be

首都圏にお住まいの方だけでなく、埼玉や千葉、東京に住んでいる人だけでもなく、どこに住んでいても変わりません。それぞれにご覧になった感想が生まれてくると思います。

まだご覧になられてない方は、ぜひ。

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五十路。

最近少しはブログの更新も増えて来ましたが、中々サラリーマン時代のようには、行かないですね。

今日は久しぶりに音楽の話題を。

flowercompanyz.com

ja.wikipedia.org

私の音楽的嗜好として、"ミュージシャンズ・ミュージシャン"的な方の音楽を好んで聴く傾向があるのですが、まさにこのフラワーカンパニーズもそれ。

私が彼らを知ったのは、元々好んで聴いていたこの人のこれを聴いてから・・・です。
と、思ってYouTube探しましたが、削除済み。
斉藤和義の歌う「深夜高速」を聴いて、「これ、オリジナルじゃないよな」と思ってオリジナルを探して聴いたのが、彼らとの出会いでした。

www.youtube.com

彼らの代表曲とも言える深夜高速。でも、彼らはこれだけのバンドじゃないんですよね。デビューして二十数年、これまで私のアンテナに全く引っ掛からなかったことを後悔したくらい、初めての出会いは衝撃的でした。

一度耳にしたら忘れられない声のボーカル、自省的ながらどこか熱さを秘めた歌詞、パワフルな演奏と、まるでメジャー志向のない独自路線。これでメンバーチェンジが全くなく、バンドが継続していることに驚いてしまいます。Wikipediaをご覧いただければ分かりますがメジャーとインディーズを行ったり来たりでは、これ一本では食うにも困るような状況でしょう。それでも音楽性を変えることなく、これだけのレベルの音楽を発信し続ける彼らのパワーに、まずは圧倒されてしまいました。

www.youtube.com

これも、良いですね。ミュージックビデオに友情出演のプロレスラー、高山善廣さんの演技がはまり過ぎていて怖いくらいですが、"負けない負け犬"による"負けない負け犬"への応援歌、フラワーカンパニーズの本領発揮です。

さて、この9月に入り発売されたアルバム、「50×4」も、聴き応えがあります。

www.youtube.com再びインディーズに戻って2作目のアルバムは、これまでと変わらず日々の心の揺らめきを彼らの言葉で切り取り、そして音を乗せて描き上げる独自の世界。

詩の表現が、手垢に塗れたメジャーレーベルアーティストのそれとは全く異なり、斬新な視点で子供の純粋な気持ちのまま表現したかのような生きている言葉の連鎖です。しかもこれで相当な多作ですから、多少曲も作る私はどうやってこれだけの言葉を生み出すことが出来るのかと、少し尊敬の念を抱いてしまうレベルです。

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インディーズになったとは言え、かえってその方が音楽性に余計な邪魔が入らず創りたい音楽を追求出来るのかな、とも思えました。でもやっぱり、本心としてはもっと売れて欲しいし、聴いて共感してくれる人を増やして行きたい。

微力ながらブログエントリーで、応援させていただきます。
フラカン、最高!

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責任。

負ければ監督の責任・・・とは言いますが、どの監督かは別問題です。

 

full-count.jpU-18日本代表は韓国代表とのゲームを、延長10回タイブレークで5-4でサヨナラ負けとなりました。

継投での投手起用の順番、先発の佐々木君の人選と過度な配慮、そして度重なるエラーの続く緩んだチームのムードと負けるべくして負けた試合となりました。もちろん、野球の内容では負けてはいません。単なる自滅としか言いようがない敗戦です。

 

このゲーム、前のカナダ戦で休養十分で復活した奥川君に続き、何らかの不調で1次ラウンドにまったく投げなかった佐々木君の先発でしたが、また何かトラブルで2回にはマウンドを譲ってしまいました。

 

厳しいことを言うようですが、こんなことだから、甲子園に行けないんですよ。もちろん、甲子園出場を逃してもプロで大成する選手はいくらでもいます。それでも、いくら監督の意向とは言え、味方が負けている決勝戦で投球を直訴しないようなメンタルの持ち主が、今後プロで大成するとは決して思えないのです、私には。それを決定づけるようなマウンドの降り方ですね、今日は。

 

緊急登板となった西君は見事なマウンドでした。でも次が飯塚君なのは早すぎでしょう?今後のゲーム展開を考えると、リリーフの切り札として選んだはずの飯塚君をこんな早い回に出してどうするの?と思いましたが、その不安は延長になって的中してしまいました。

 

しかし、チーム事情がどうなのかは外からは伺い知ることが出来ませんが、今日の一番の敗戦の原因、「エラー」につながる気の緩みはどこから来ているのでしょうか?

 

私は、今日の先発の佐々木君への過度の配慮が、チーム内に緩みを生んでいるように見えてしまっています。

こんな投げられない状態の佐々木君を何故代表に選んだのかを、まず問いたいですね。他に候補はたくさんいるはずです。甲子園に出場していない選手も多く選ばれていますが、その甲子園の優勝チームから誰も選ばれていないのは、単純に疑問府がつきますし。

そして今日の降板理由もきっちり公開して欲しいものです。もし指の怪我であればそもそも代表選手が務まるはずがありません。選ばれた選手が起用出来なくて他の選手にかかる負担も考えれば、いわゆるネームバリューだけで選んで「○○君は投げられなかったけど、怪我だから仕方がない」なんて本当に良いのでしょうか?そんな状態なら選ばないのが普通ではないですか?
そんな状態の選手がチーム内に居て、世界大会の緊張がチーム内で維持できるなら、素晴らしいメンタルの持ち主の集まったチームですが、そんなことあるはずがありません。選ぶなら選ぶで特別待遇にしない、試合に普通に出られないなら選ぶべきではないということは当たり前のことではないですか?

今日の敗戦で決勝進出が厳しい状況となった日本ですが、最後の望みをかけて、次の豪州戦に挑んで欲しいものです。

そして、飯塚君にあまり無理をさせないでください、永田監督。

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慟哭

いつでもそこにある
いつまでもそこにある
そんなことは思いもしない
それでも若き日の
忌まわしき日々の記憶が
声の帰省を躊躇わせる
呼び鈴のその先に
貴方だけが居てくれたなら
 
悔やめどもその時には 重い現実
また来年の その言葉を奪った
 
他愛ない時をもっと
さりげない日常をもっと
二人だけの語らいの時は
本当の貴方の姿だった
 
失った時の重さは 慟哭
開かない次のページへの 思いが絞り出す
取り返せない躊躇いの深さは 慟哭
声にならない 魂の慟哭
 

是非。

夏の高校野球、各都道府県の決勝戦もほぼ終わり、代表校が揃いつつありますが、ある投手の起用法が話題を呼んでいます。

“高校BIG4”などと、勝手な名前をマスコミがつけていますが、その一角とされ、4人の中でも最もプロでの期待が大きいとされている岩手県大船渡高校の、佐々木朗希君。
大船渡高校の国保監督は決勝戦花巻東高校戦の登板を回避し、佐々木君は登板機会を持つことなく、大船渡高校は敗戦してしまいました。

国保監督は自分の判断で佐々木君の故障を回避する為に登板させなかったとのこと。

もちろん佐々木君とのコミュニケーションもとった上での判断ということですが、これを英断と評価する人と、いや投げさせるべきだったという方と、評価が分かれています。

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国保監督の判断を評価する方々は、高校野球の過密日程と合わせて、どうしても選手に負担をかけてしまう実情への批判として、この判断を評価しているように見えますが、私は高校野球の過密日程と投手の投げ過ぎ問題は分けて考える必要があると思います。

確かに、高校野球、しかも資金力で素質ある生徒を集めることが出来ない公立校は特に一人の選手の素質に頼ってのゲーム展開となりがちです。昨年の秋田県金足農がそうでしょう。金足農エースの吉田君は甲子園の決勝戦まで11試合をほぼ一人で投げ抜き、1517球を投じました。最後のほうは見ていても明らかに疲労の色が顕著で、それでも投げさせるのは酷ではないかと誰の目でもそう感じるほどの連投でした。

今回の大船渡・佐々木君の登板回避については、国保監督は「本人とも話をして納得して決めた」と話しているようですが、監督と選手(生徒)の立場で、監督から言われたことに「嫌だ」と言える生徒がどのくらいいるでしょうか?

佐々木君がプロ志望であるから、ここで無理をさせて夢を奪ってはいけないとの判断もあるのでしょうが、野球は一人でプレーするスポーツではありません。佐々木君を先発させ、ナインに対し「佐々木に楽をさせてやろう!」と鼓舞することも出来たのではないでしょうか?私は花巻東との試合が一方的になったので、余計にそう感じてしまいました。戦う前から選手が「佐々木が投げないんじゃ無理だよ」という思いがあったんじゃないか、と。

 

確かに現場での判断は尊重されるべきです。監督と選手が納得づくですべての思いを吐露した上での判断ならば。選手は監督に言われて「今までの恩義もあるし監督のいうことだから」と従ったのなら、今回の国保監督の「判断」は、私はこの人の売名行為にしか見えないのです。ここで問題提起することで、高校野球の投手起用に一石を投じるという考えもあったかも知れません。それでも、その年その年の3年生はその1年限り、高校野球はその場限りであることを考えると、私には国保監督のこの判断が英断だとはとても言えません。佐々木君が決勝戦まですべてを投げ抜き、登板過多になっているならともかく、予選でも連投はなく投球数もかなり少なめで終えて来ていたからです。

智弁和歌山高校元監督の高嶋さんもおっしゃっておられましたが、「この程度で故障するなら、プロでも通用しない」のです。連投しつつ、その中で自分をセーブし、かつ場面場面に応じたパフォーマンスを出して戦局を乗り切る、そういった経験を積むことが出来るのが高校野球の舞台です。

 

猛暑の中、過密日程で連戦になることは、やはり夏の気候が酷暑になっている現状ですからこれから考えて直していかなければならない、高校野球の課題です。しかし、登板間隔を過度に開けて故障を回避するという考えは、的外れに思えます。その過酷な日程の中でも自分のパフォーマンスを最大限に発揮し、なおかつ自分の「経験値」を高めていくチャンスでもあるのが、現在の高校野球の仕組みです。そうして多くの才能ある選手が故障することなくプロへ行っても活躍している現状を、国保監督はどう説明するのでしょうか?

佐々木君がもしプロ志望でどこかの球団へ入団したとしても、高校時代にこういった経験を乗り切っていない以上は、プロで壁に当たった時にそれを乗り越える「経験値」が、圧倒的に不足してしまうのではないかと、心配してしまいます。

国保監督には、選手の登板機会を奪うことより、負担をかけずに最大限チャレンジ出来る環境を整えて欲しかった・・・そう思います。


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責任。

2019年夏の高校野球選手権千葉大会、母校・習志野は8年ぶり9回目の甲子園出場となりました。

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今日はラッキーにも公休日でしたので、一も二もなくマリンに向かいました。

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小林監督は選抜出場を決めた時から、ナインに対して「甲子園は夏の大会のことを言うんだよ」と、話していたとのこと。

選抜で勝ち進んだ学校が陥る罠に嵌らなかったのは、小林監督の「先」を見据えた指導が功を奏したのでしょう。
何よりも準決勝の木更津総合高校戦で、9回裏2死ランナーなし、普通の高校生ならもう諦めて泣き出してしまう選手が多いのですが、習志野高校ナインは違いました。

エースの飯塚君は次の延長戦に備え肩を作るためにキャッチボールを始めましたし、ベンチの誰一人として泣き出すような選手はいませんでした。

「ゲームセット」となるまでは試合中で、その試合中であれば自分は何をすべきかということを個々に考え実行することが出来る、今年のチームの強さをそこに感じました。ですから私も状況は非常に厳しかったのですが、負けるというイメージは全くありませんでした。

いくら伝統校とはいっても公立ですから、今の主流である各地域のシニアチームとのパイプもそれほどなく、資金に物を言わせる私立校の攻勢には押されっぱなしの近年ですが、それでも実績と伝統で習志野高校を志望してくれる有力選手が皆無ではないことが、せめての救いです。それにしても今年は“役者”が揃いました。選抜大会では後に控えるエースの飯塚君と比べると、今一つだった出来の山内君が、本当に素晴らしい安定感を持った投手へ成長しました。
今日の決勝戦もそうですが、ツーアウトになってからでもランナーを出したらそれを繋げるバッティングが出来ます。単に「粘り強い」と表現するだけでは足りない何かを、今年の習志野高校ナインは手にすることが出来たように、感じます。

選抜では本当に無責任な「サイン盗み」批判で一部から激しいバッシングを受けることにもなりましたが、やっていないものはやっていない、だから気にせず自分達の野球に徹する事の出来る精神的な強さを、星稜高校の監督には育んでいただけたようにも思います。

夏の甲子園は、選抜の忘れ物を取りに行くために神様が与えてくれたチャンスでしょう。自分達で決めた目標。そこに向かってきちっと準備して大会に挑んで下さい。
頑張れ習志野高校ナイン、雑草の如く逞しく!!

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